1 道具編

 前置きが長くなったが、そんなわけで話の行きがかり上、まずは道具編から。


 Q1  ジャングルで長竿は必要か?


【解 説】

 いきなり初歩の初歩だが、結論から言ってジャングルでは長竿は必携であり、一本竿で勝負しようなどというのは竹槍で何やらに挑むようなものだ。しかし、そうは言ってもジャングルは滅法樹高が高いので、ゼフ用の910mというような長竿を持ち込んだとしても、シジミしか採らない人はともかく、そうでなければ多分邪魔なばかりだ。下手をすれば文字通り「無用の長物」ともなる。

 では、何メートルくらいが手ごろか? シジミ狙いなら長め、タテハなら短めは当然として、両方狙いたい欲深爺(よくふかじじい)の私としては長らく6.3mの磯玉を使っていたが、最近では専ら5mの竿を愛用している。経験上、6.3mをいっぱいに伸ばして使うことはキララシジミを除けば日に数回程度で、5mに代えたことで重さが以前の6割ほどに一気に軽減された。しかし、シジミを狙うには5mはやはり物足りないのも事実で、まさに「一長一短」といったところではある。

ボンドMOS7のパッケージの写真
ボンドMOS7 コニシ株式会社製

 

【実例1】磯玉の空回り防止装置

 いくら長竿は必携と言っても実際には12段で振ることのほうが圧倒的に多いわけで、そこでどうしても磯玉の空回り防止装置が必要になる。これについては、かつて蝶研フィールドVol.8 No.11(92)に紹介された「ボンドMOS7」による方法が非常に優れていると思う。

ボンドMOS7で肉盛を付けた磯玉の写真
不細工だがこれで完璧に止まる! この竿は10年以上使っている。

 これはボンドを使って空回り止めの肉盛を付ける方法で、最初は調子いいが1年過ぎたころから止まりが悪くなってくるので、そうなったらカッターナイフで表面を薄く削り取ると摩擦力が回復する。この作業を毎年繰り返せば10年くらい使える。それでも止まらなくなったら全部削り取ってもう一度やり直せばよいが、そうなるより前に、たいてい竿のほうが折れる。 

 この方法を知ってからというもの、長竿の使い勝手であれこれ悩むことは一切なくなった。ところが、今度はいつの間にか「ボンドMOS7」が廃盤になったらしく、今のところ代替品も見つからない。買い置きを使い切ったら後はどうするか。悩みは尽きない。

Lexias bangkana バンカナオオイナズナマの標本写真
Lexias bangkana バンカナオオイナズマ ♀

【実例2】必殺! バンカナ採集法

 バンカナオオイナズマLexias bangkanaは、普通のオオイナズマとは比べ物にならないほどのその気品ある風格と珍品度で大人気だ。

 ところがこのバンカナがとにかく異常なまでに敏感で、せっかくトラップに飛来したのに採り逃がしてしまう。地面に置いたバナナに来たところを、息を殺して、辛抱強く、汗びっしょりになりながら、じわり、じわりと近寄っても、たいていは残り3mくらいで人をあざ笑うかのように飛び去る。迂闊に近寄れば10m離れていたって逃げられる。足元の枯れ枝がポキリと音を立てれば万事休す。落ち葉がカサッといっただけで逃げられるのだ。これはジャングルの地表にはトカゲなどの捕食者が多いため、地面を伝わる音に対して極めて警戒心が強いためらしい。

 ところがである。こんなにも敏感なバンカナが、なぜか頭上の敵には信じられないほどの愚鈍さを見せる。5mまで接近したらこれ以上近づくリスクを避けて、ここで磯玉をスルスルと伸ばす。こうして慎重にネットをバンカナに近づけると、あら不思議。頭上50cmにまでネットが近づいているのに、まだバナナに夢中なのだ。ひょいとかぶせて、御用。これには笑える。

 


 Q2  では、短竿は不要か?


【解 説】

 採集の用だけを考えれば不要である。しかし、実は長竿にはひとつ重大な心配事がある。空港で荷が出ない心配である。コンテナの隅に置き忘れられてしまうのか、どこかに引っ掛かって出てこないのか、とにかく稀とはいえ無視できないほどの確率で事件は起きる。

 私の場合、帰りの名古屋国際空港(当時)だったので何の問題もなかった。後日、宅配便で届けてくれたので手荷物が減ったうえ、税関で「それは何ですか?」と、いちいち聞かれる鬱陶しさからも開放された。しかし、これが行きに現地の空港で起きた場合を考えるとゾッとする。実際、私の友人はランカウイ島の空港でひどい目に遭ったそうだ。「明日、空港まで取りに来い」というくらいの対応なら、まだマシと思ったほうが良いかもしれない。

 それにしても、短期の採集行でたとえ1日でも竿がなかったら台無しである。こういう時に、スーツケースの中に如意棒でもあれば多少なりとも救いになる。

 


 Q3  ネットの色は、何色が良いか?


【解 説】

 その昔は、カラーネットと言っても黒色と若竹色ぐらいしかなかった。これらは「自然界でなるべく目立たない色」という発想だったが、ギフ用ブルーネットは正に逆転の発想で、その登場以来、様々な色のネットが工夫されるようになった。その意味でブルーネットは虫界の革命児、これを発案した人は虫界のノーベル賞ものだと思う。

 しかし、ジャングルでは特定の種類だけを狙う採集というのは通常考えにくく、結局のところ原点に戻ってなるべく目立たない、あるいは蝶を刺激しない色を選ぶことになる。今のところ、その色はやはりグリーンだと私は思っている。最近では迷彩色のネットなども売られていて興味津々といったところではあるが、そこまでやると何だか蝶に馬鹿にされそうな気がして、私はまだ試していない。

【実例1】赤ネットの威力

 赤ネットがトリバネやキシタアゲハ、ツマベニなどに有効なことはあまりにも有名だ。私自身これをパプア・ニューギニアで試した時には、トリバネやオオルリアゲハが羽をV字にして樹冠から急降下してくる様に驚嘆した。これはギフ用ブルーネットを凌ぐ威力と言える。

 しかし、それにしても赤はいかにも刺激的で、他の蝶を追い散らしてしまうのではないかと心配だった。心配しながらもズボラな私としては、二刀流は面倒なので赤ネットをそのままタテハやシジミに使ってみたところ、意外や意外、逃げないのだ。ジャングルには真っ赤な花は多いが、真っ赤な鳥はいないということらしい。

【実例2】ネイビーの悲劇

 黒色は蜂に襲われやすいという。蜂は頭髪や眼球などの黒い部分を襲う習性があるからだ。

 以前、黒に近い濃紺のネットを、これなら大丈夫だろうと試した時には悲惨な経験をした。オオイチが黒を嫌うことは今や周知の事実だが、ただでさえ逃げ足が速いユータリアなどのジャングルのタテハたちが、濃紺のネットに異様に敏感に反応して全く手に負えないのだ。

 それだけではない。薄暗いジャングルの中では濃紺は中の蝶が予想以上に見づらく、セセリはもとよりシジミでさえ取り込むのに四苦八苦。汗びっしょりになりながら悪戦苦闘した。

 幸い蜂に襲われることはなかったけれど、「泣きっ面に蜂」状態ではあった。

 


 Q4  メッシュのネットは有効か?


【解 説

 ジャングルの蝶はタテハ類を始めとして非常に俊敏で飛び方が速いので、メッシュはかなり有効のような気がする。一方、メッシュは蝶の羽を傷めやすく、ネットそのものが破れやすいなど大きな欠点もある。実際、ジャングルにはラタンなど強烈な棘を持つ植物が多いため、メッシュはすぐに破れてしまう。私が初めてメッシュを試した日、その初日に、新品のメッシュはいきなり真っ二つに裂けた。以来、私はメッシュはジャングルでは使い物にならないと信じているが、もしかすると、いわゆる「あつものに懲りて…」の類かもしれない。

 いずれにせよ、メッッシュを使うのなら予備を多めに持っていかれることをお勧めする。 

 


 Q5  三角缶は皮製に限るか?


【解 説】

 熱帯のような暑いところでは、スチール製の三角缶は熱くなって中の蝶が乾燥してしまうので皮製の方が良い、という話を聞いたことがあるが、迷信か、さもなくば業者の流言に違いない。

 私は長年の間、古典的なスチール製三角缶を愛用しているが、これまで何ら問題を感じたことはない。少なくともジャングルの採集では炎天下を長時間歩くようなことは通常あり得ず、腰につけた三角缶の中の蝶が乾燥してしまうほど熱くなるとしたら、おそらくその前に人間の方が熱中症で倒れている。

 


 Q6  三角紙は何枚くらい必要か?


【解 説】

 こんなバカバカしい問題で頭を悩ませている暇があったらその間にせっせと三角紙を折ればいい、と言いたいところだが、思えば私自身初めの頃はこのバカバカしい問題で一番頭を悩ませた。多めに持っていけば良いに決まっているが、その「多め」がどれくらいなのか見当がつかない。しかも事前の準備のうち、三角紙を折ることが最も暇の要る面倒な作業なのだ。

 そこで参考までに、ジャングルというと蝶の数が滅法多いかと思うとそうとも限らず、種類が多いことこそがジャングル最大の魅力であって、数が多いかどうかは全く別な問題といえる。1日に200300頭も採集出来るという話を聞いたことがあるが、私の乏しい経験からは天文学的な数字に思える。だいいち、暑い中それだけ採るとなると相当の重労働である。実際のところ、ある程度条件が良くて選り好みせずに片っ端から採らないと、なかなか1日100頭を超えない。

 もっとも私が知らないだけで、アマゾンあたりの大吸水集団ポイントなどでは、200300頭なんて序の口なのかもしれない。是非、そんな体験をしたいものである。