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絵を描くゾウ

 もう10年ほども前のこと、タイのアユタヤ動物園に絵を描くゾウがいることを、何かのテレビ番組で観た。ゾウ使いから手渡された筆を器用に鼻でつかんで、ゾウ舎の周りに咲いている赤いバラの花を見事なタッチでキャンパスに描いていく。それを見たときの驚きと、そして感動を今も忘れない。はるばるタイまで絵を描くゾウを見に行きたい。本気でそう思った。そう思ったけれど、簡単には実現しないまま年月が過ぎた。

 日本にも絵を描くゾウがいることを、最近になって偶然知った。千葉県の市原市にある「市原ぞうの国」にいるらしい。名を「ゆめ花(ユメカ)」という。日本国内で生まれた初めてのアジアゾウとして知られるが、絵を描くことはなぜかあまり知られていないようだ。タイははるか遠いが、千葉ならその気になれば遠くない。こうして、念願の、絵を描くゾウに会いに行くことになった。

 早朝4時半に家を出て、初めて新東名を走る。恐怖の首都高速の端っこの方を少しだけ走って、これも初めての東京湾アクアラインを通って海上のパーキングエリア「海ほたる」でゆっくりしたが、それでも午前11時からの「ぞうさんショー」に余裕で間に合った。

絵を描くゾウたち。左から、ゆめ花(11歳、メス)、りり香(5歳、メス)、結希(4歳、オス)。
絵を描くゾウたち。左から、ゆめ花(11歳、メス)、りり香(5歳、メス)、結希(4歳、オス)。
トナカイの絵を描く結希。
トナカイの絵を描く結希。

 ぞうさんショーの終盤で「お絵かき」は始まった。絵を描くゾウは3頭いた。ゆめ花と、妹の「りり香(リリカ)」、弟の「結希(ユウキ)」である。ゾウたちが自発的に好き勝手に絵を描いているわけではなく、トレーナーに教えられ、練習を積んで描いているらしい。トレーナーが筆に絵の具をつけて手渡して、何やら指示している。午前と午後の日に2回のショーで、3頭はそれぞれ午前と午後で同じ絵を描いた。練習を積んで完璧に覚えているのだ。写生しているわけではない。手本が置いてあるわけでもない。もちろんデッサンもなく、白いキャンバスにいきなり殴り書きのように筆で描いてこの微妙で繊細なラインが描けるのだ。いくら教えられて、練習して、何度も同じ絵を描いているといっても、これを見事と言わずして何と言おう。

ゆめ花の作品「ママと妹」
ゆめ花の作品「ママと妹」
りり香の作品「秋」
りり香の作品「秋」
結希の作品「トナカイさん」
結希の作品「トナカイさん」

 ゆめ花の描く親子のゾウは、今年の夏に生まれた妹「もも夏」と母親「プーリー」がモデルらしい。大人のゾウの隆々としたタッチと、子ゾウの丸っこい特徴がよく出ている。大人のゾウをキャンバスいっぱいに描くことで、大きさを上手に表現している。トナカイの絵などは、実にトナカイの特徴を捉えていて思わずうなる。トナカイはゾウ舎の近くにいるので、これをゾウがよく観察して特徴を理解し覚えているのだろう。ラスコー洞窟の壁に、クロマニヨン人が描いた野生の牛や馬の絵と共通するものがあるように思った。

 園ではこれを「お絵かき」と呼んでいるが、人間の子どものお絵かきとは次元が違う。まるで違う。絵が上手いだけでなく、絵心を感じる。そしてこれだけは断じて言える。私よりはるかに上手い。

 さらに驚くべきは、3頭で描いたという下の作品である。出来栄えもさることながら、ともに市原ぞうの国で生まれ育った3頭のゾウたちが、いったいいつ夏の海辺の景色を見たというのだろうか。海原を飛ぶカモメをなぜ知っているのか。仮に何らかの方法で知ったとして、ゾウたちはどうしてこういう身近にない景色をリアルに描けるのだろうか。

「夏の空」2016年8月作品。
「夏の空」2016年8月作品。

 あまりに驚き、あまりに不思議で、あまりに謎で、あまりに感動し、ますます人間と動物って同じだなあと思った。何も違わない。仲間なんだ。友達なんだと。

 夢をありがとう。感動をありがとう。そしてこの絵を、金8,000円也で衝動買いしてしまった私であった。トホホ‥。