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ベトナム北部 クックフォン国立公園にて(8)

吸水行動の不思議ー スソビキアゲハのポンピング

発射!した瞬間。
発射!した瞬間。

 蝶が吸水するのは何のためか。それは水そのものというより、ミネラルの摂取が目的であると言われてきた。そして最近になってやっとそのことが科学的に証明され、つまり♂の生殖活動に必要なアンモニアやミネラルを補給するための行動であることが明らかにされた。

 長い間、定説と呼ぶにはやや証拠不十分だった事柄が、晴れて証明されたのは誠に喜ばしい。とはいえ、これをもって「蝶が吸水するのは水が目的ではない」という言い方をする人がいるのには、ちょっと驚く。

   確かにタテハチョウが水気のないコンクリートに口吻を伸ばして盛んに舐めまわったり、セセリチョウが乾いた獣糞に腹端から排泄物を垂らして吸い戻したりする行為は、水が目的でないことは明らかである。

   では、スソビキアゲハのポンピング行動はいったい何か。身体を小刻みに震わせながら、ピュッピュ、ピュッピュとひっきりなしに腹端から水鉄砲のようにシッコを飛ばしている。撮影した動画を再生しながら数えたら、28秒間に35回飛ばした。0.8秒に1回飛ばしている計算になる。それだけ物凄い勢いで水を吸っているということだ。

 

 

 アンモニアやミネラルが目的なら、どうしてわざわざこんな田圃か水溜りみたいな場所で吸水するのだろう。もっとミネラルの豊富な場所が他にいくらでもあるのに、わざわざミネラル濃度の低そうな場所を選んで水を「がぶ飲み」しているのだ。

 そこで、ためしにスソビキの吸水集団のすぐそばに小便トラップを仕掛けてみた。集団から距離にして3mほどの湿った地面に小便を撒いたのである。すると、ミカドアゲハやオナガタイマイなどのGraphiumがすぐにやって来たが、スソビキは全く来ない。

 もしやと思い、ソビキの吸水集団を追い散らしてみた。元の場所に戻ったのは一部だけで、ほとんどみんなどこかへ行ってしまったが、至近距離にある小便トラップに来たものはなかった。時刻は午後3時半頃で、活動が収束に向かっていたかもしれないが、少なくともこのときはアンモニアに誘引される様子は全くなかった。

 そもそも蝶の吸水行動は、暑い地方や暑い季節を中心に頻繁に観察される。同種の蝶でも、暑い時期あるいは暑い地方のほうが吸水性が強まるように感じる。

 そのことと、冒頭の「♂の生殖活動のため」という説明が上手く結びつかない。吸水行動の目的として、アンモニアやミネラル補給はもちろんだが、そのほかに「暑いから身体を冷やすために水を飲む」と素直に考えないと説明がつかないのではないか。

 それにしても、水をがぶ飲みしているスソビキアゲハも、やはり♂ばかりなのはなぜか。さらにはスソビキと同様にポンピング行動をとるクロアゲハなどのPapilioは、アンモニアによく誘引されるのはなぜか。

 何だかまた訳が分からなくなってきた。蝶にとって、ありふれた日常生活のワンシーンである吸水行動でさえ、人間には(私だけ?)まだよく分かっていないことがある気がする。