猫の部屋飼い(4)

 いまから14年前、ミミを動物愛護センターからもらってくるよりひと足先に、わが家にやってきた猫がいた。愛護センターの「子猫を差しあげる会」に参加する1週間前、猫を飼うのに必要な物を買い揃えておこうと立ち寄ったペットショップで、思いがけないものを見つけた。可愛い子猫のケージに張り紙がしてあって、「可愛がってくれる方に差しあげます」とある。アメリカンショートヘアかと見まごうほど可愛いその子猫は、店員に聞くと捨て猫で雑種だという。

 いったんは帰宅したものの、あまりの可愛さに気持ちが揺れ動いた。結局「1匹飼うのも2匹飼うのも同じだよね」という安易な結論を導き出して、その日のうちにわざわざ手土産の菓子まで買ってペットショップへ赴いた。店員によれば生後3か月のオスで、名を「縞次郎」と呼んだ。しかし、アメショーのような愛らしさから「縞次郎」では可愛そうだということになって、わが家では「レオ」と改名することにした。

オッサン猫で悪かったな。
オッサン猫で悪かったな。

 ペットショップはさすがにプロである。素性を見抜いていた。あんなに愛くるしかった子猫は、わずか1-2年のうちに、うざいだけのオッサン猫に化けた。どこからどう見ても、「レオ」と言うより「縞次郎」という風貌である。

 子猫のころはミミと仲良く遊んでいたのに、いつしかミミの方が露骨に嫌うようになった。

「臭いおじさんはキライ! あっちへ行ってよ」

てな態度で、レオはいつもすごすごと退散してくる。ミミが人とコミュニケーションをとるのが上手で、何を考えているのか手に取るように分かるのに対して、レオは不器用なタイプなのか何を考えているのかサッパリ分からなかった。何をしたいのか行動が意味不明で、人とのコミュニケーションが苦手なので、私は「発達障害の猫」と呼んだ。

 ミミは初めから雅恵になついた。一方、レオは母になついていた。部屋飼いにするという家族の約束をたがえて母がこっそりレオを外へ出すようになり、これが嫁と姑の微妙な関係を生んだ。加えて、雅恵が可愛がっているミミが露骨にレオを嫌うようになったこともあって、いつしか雅恵もレオのことを疎んじるようになる。

 ある冬の日の朝、6歳のレオはあっ気なくこの世を去った。ケガの手当で動物病院にかかってはいたが、まさか死ぬとは思ってもいなかったのに。レオの急変に気付いた母が、休日のためゆっくり寝ていた私たちを、あわてて起こしに来た。私が階下へ降りたときにはすでにレオは今際の際(いまわのきわ)で、母と私に看取られて、あっという間に逝ってしまった。そこへ遅れて下りてきた雅恵が示した態度は、私を大いに驚かせた。レオのことをむしろ疎んじているかのように見えた雅恵が、突然のレオの死に直面して号泣したのだった。私よりずっとドライな性格だと思っていた雅恵が、身体を震わせて大きな声をあげて泣いた。その姿に、思わず私も二度泣きしたのだった。

 思えばレオのときにあれほど泣いた雅恵が、可愛がっているミミが死んだらどうするのだろう。猫を部屋飼いにすることにより避けることのできなくなった最後の瞬間(とき)について、きっと雅恵も私も十分な覚悟が出来ていない。