猫の部屋飼い(3)

 「猫の部屋飼い(1)」に対して徘徊老人さんからいただいたコメントを読んで、私自身、猫の部屋飼いに関して大事なことをひとつ自覚していないことに気付いた。

 昔から、猫は最期は人目を避けてどこかに姿を隠して死ぬと言われてきた。わが家でこれまで飼った猫も、ほとんどがそうだった。しかし、猫を部屋飼いにすると当然のこと、最期は死に目に会わなければならない。

 

 小学生のころ、なぜか家族の中で私に一番なついていた猫がいた。弱いくせにケンカっぱやく、いつも生傷が絶えなかった。その傷が化膿したのがもとで歩くのも不自由なほどに後足を引きずるようになり、薬を塗ると舐めて下痢をしてしまうし、包帯を巻くと嫌がって意地でも解いてしまうしで、とうとう手に負えなくなった。そしてある日、何処(いずこ)へともなく姿を消した‥。

 数年が経ち、子ども部屋を取り壊した際に天井裏からミイラになった猫が見つかった。片一方の耳の先がケガで切れている特徴から、あの猫に違いなかった。歩くのもままならないほど弱った身体で、最後の力をふりしぼって天井裏へ這い上がり、そして私のベッドの真上で息絶えたのだった。いつも私と一緒に寝ていたのに、化膿してウミでベタベタになってからは私が嫌がって部屋から締め出していた。きっと、もう一度私に甘えてそばで一緒に寝たかったのだろう。そして、何も知らない私を、毎晩真上から見守ってくれていた‥。

 長い間家族同様に可愛がっていた猫の死に目に会うのは辛いことだ。死に目に会いたくなくて、1か月以上も家を空けていたという徘徊老人さんの気持ちも分かる気がする。

 こんなことを書くと、イヌ派諸氏からは「何をいまさら」とブーイングが飛んできそうだ。確かに犬を飼う人はこれまでも必ず死に目に会ってきただろうし、これからもその覚悟ができているに違いない。

 どんなに飼い主が死に目に会いたくないと思っていても、猫の方はどうしても会いたいと思っているかもしれない。リンパ腫を患っていた愛猫が、1か月以上も家に戻らなかった徘徊老人さんの帰りを待ちわびていたかのように、帰宅した日の夜中に逝ったという。

マットの柄に擬態? そんな所にいると、うっかり踏んじゃうよ!
マットの柄に擬態? そんな所にいると、うっかり踏んじゃうよ!

 徘徊老人さんのコメントを読んで、雅恵はしたり顔でこう言った。

「きっとミミは、あなたの帰りを待っていてはくれないわね」

そうかもしれない。でも、きっと雅恵の帰りは待っているだろうな。