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熱帯降雨林(ジャングル)における 蝶 採集法


 この記事は、みやくに通信№195/196(平成24年1月15日)に掲載されたものを、一部加筆修正してアップしたものです。


■ グリーン・インパルス -未知との遭遇-

 私が初めて海外でネットを振ったのは、もう30年近くも昔のこと。タイのサムイ島だった。今やタイではプーケットと並ぶリゾート地となったサムイ島も当時は空港もなく、バンコックから夜行の寝台列車に乗り込んで、船にゆられて島に渡った。

 見る蝶すべてが新鮮で、夢中でネットを振っていた私の目の前を、突如、この世の物とも思えぬ美しさで、メタリックグリーンの閃光がよぎった。― Papilio palinurus オビクジャクアゲハである。オビクジャクのメタリックグリーンは熱帯の強烈な太陽光を反射して、想像を超える鋭さで一瞬ギラリと私の眼(まなこ)を射抜き、あっという間に飛び去った。私は魂まで射抜かれたかのようにその場で腑抜けになり、呆然とグリーンの残像を見送った。-何とかあいつをこの手で仕留めたい。虫屋の血が体じゅうで騒ぐのを感じた。

Papilio palinurus オビクジャクアゲハの標本写真
Papilio palinurus オビクジャクアゲハ♂

 オビクジャクはアオスジアゲハよりも俊敏に、スッと現れサッと立ち去る。カラスアゲハよりも激しく上下に波打ちながら、時にツマベニチョウのような勇壮さで樹冠を渡っていく。こんな蝶は国内では見たこともない。私にとって、正に未知との遭遇だった。到底太刀打ちできそうにない異次元の生命体のようにさえ思えた。“グリーン・インパルス(碧い衝動)” ― 勝手にそう命名した。

 ところが、しかし、なんという神様の悪戯だろう。容易に私の手に届かないと思われたメタリックグリーンの塊が、いきなり、そしていともあっけなく、私の目の前のランタナに止まったのだ。いや、「止まった」という表現は正しくない。オビクジャクはスッと現れサッと立ち去る。吸蜜時間はほんの1秒しかないのだ。一瞬の躊躇も許されない。瞬時に振らなければならない。そして私は、見事、瞬時に振り抜いた。確かな手応えを感じた。張り裂けそうな胸の鼓動を感じながら、急いでネットの中の獲物を押さえようとしたその時、我が目を疑った。いったいどうしたことか。確かにそこに納まったはずのネットの中の宝物は、手品のように消え失せていたのだ。後にはランタナの小さな花弁だけが残されていた…。

 この時、私は悟った。私自身予想もしなかったほどの瞬間的なパワーが爆発的なスイングスピードを生み出し、そのスピードにスプリングがついてこられなかったのだ。大きくしなったスプリングとランタナの隙間を、オビクジャクはコウモリのようにすばしこく、するりとくぐり抜けたに違いない。そうとしか思えなかった。そう思うしかなかった。

 当時、四ツ折はかなり高価な代物で、したがってスプリングが当たり前と思っていたのだが、どうやらこんな子どもの玩具(おもちゃ)()のような道具では熱帯の採集は到底通用しないということを、この時いきなり思い知った。

 以来30年近く、タイやマレーシアに通い続けながら何かと国内とは勝手の違う熱帯のジャングルで、「どうすれば採れるか」が私の永遠のテーマとなった。そのための工夫を私なりに重ねてもきたし、人からも学んだ。そこで今回はそうしたノウハウについて紹介し、これから熱帯に行かれる方や、これまでも何かと困っているという方への参考となれば幸いである。ただし、私のノウハウのほとんどはタイやマレーシアでの経験から得たものであり、例えばアマゾンでは役に立たないかもしれない。また、人それぞれに色々なノウハウがあると思われるので、是非ご教示願いたい。

 以上、タイトルや前口上とは裏腹に、私の常としてきっと他愛ない話や馬鹿げた話に終始する。