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パンティ・フォレスト探蝶記(3)


■ ポイントの概要

 コタティンギの町から国道3号線をメルシン方面へ向かうと、郊外にもかかわらず片側2車線の広い道が続く。油ヤシのプランテーションばかりが目につく道を、走ること10分余りでいつの間にか片側1車線になり、この辺りから左手にジャングルが現れる。これがパンティ・フォレストで、ここからさらに10分余りで13マイルポイントの入口に着く。緩やかな上り坂をちょうど登りきった道の両側に、第二次世界大戦中の日本軍のトーチカが残されており、これを過ぎてすぐに左手に13マイルの入口がある。

パンティフォレスト概念図(Googleマップに加筆)。
パンティフォレスト概念図(Googleマップに加筆)。

 私が知るパンティ・フォレストのポイントは、13マイルポイントと10マイルポイントの2か所だけ。13マイルと10マイルの間にあった11マイルポイントは、90年代に開発されて油ヤシのプランテーションになってしまった。かつてこの付近の林内で食虫植物ウツボカズラの大群落を見た記憶があるが、今では跡形もないだろう。

 広いパンティ・フォレストには、この他にもきっと良いポイントが眠っているに違いない。ただし、概念図左端の “Kota Tinggi Waterfall” は、行ったことはないが観光地化されていて人が多そうだ。

 

■ 13マイルポイント

13マイルポイント入口。
13マイルポイント入口。

 このたび22年ぶりに訪れた13マイルポイントは、入口にゲートが設置されて車は入れなくなっていた。かつてはタクシーでかなり奥まで入ったが、奥も手前もさほど環境は変わらないと記憶していたので問題ないと考えた。

 入口から少し歩くとすぐに再びゲートが現れる。その向こうにはバンガローのような施設があり、「パンティ・バード・サンクチュアリ」の看板がある。よく見ると、奥の方にはバードウォッチング用の展望塔が立っている。バンガローはまだ新しいがほとんど使われている痕跡がなく、人の気配もない。こういう建物があると、スコールに見舞われたときに雨宿りできるので好都合だ。

再びゲートが現れる。
再びゲートが現れる。
バンガローのような施設。
バンガローのような施設。

「パンティ・バード・サンクチュアリ」の看板。
「パンティ・バード・サンクチュアリ」の看板。
バードウォッチング用の展望塔。
バードウォッチング用の展望塔。

バード・サンクチュアリから先は地道になる。
バード・サンクチュアリから先は地道になる。

 バード・サンクチュアリを過ぎると、ここから先は地道になっていて採集に適している。天気もまずまずで、この時間、木々に日が当たり始めて、いかにも珍シジミがそこらでテリを張っていそうだ。磯だもを伸ばして周りの木を軽く叩いたり、下草に止まっていないかと目を光らせたりしながらゆっくりと歩を進めていくが、なぜかなんにもいない。時々下草の上をヒメジャノメの仲間がウロチョロしているだけだ。環境的には完全な二次林で予想外に森が浅く、そのわりに道幅が広いのが気に入らないが、それにしてもこんなに蝶影が薄いのはどうしたことか。

30分ほど歩いた辺り。
30分ほど歩いた辺り。

 30分ほど歩くと、多少は木が茂って環境的には良くなってきた気がする。道沿いに湿地があり、水辺に吸水に来る蝶がいるのを期待してこの付近に荷物を降ろすことにする。この日はバナナを調達できなかったので、残念ながらトラップは仕掛けられない。未練たらしく焼酎だけ少し撒いてみたが効果はなかった。

 この付近でヤイロタテハを見かけた。梢を飛ぶヤイロタテハは巨大なシロチョウかオナガタイマイのようで、何度見ても何が出たかと驚く。湿地の付近では、湿った地面に飛来したと思われるアタマスヒメフタオのほか、エサカルリモンジャノメの♂を初めて採集した。この蝶も飛んでいると何蝶かさっぱり見当のつかない蝶のひとつだ。

ジャングルの奥へと続く小径。
ジャングルの奥へと続く小径。

 13マイルは採集にはやや道が広すぎるので、なるべくならジャングルの中に分け入っていくべきだ。写真のような小径を見つけたらしめたもので、アロパラ等のシジミが期待できる。

 しかし、このときはややコンディションに恵まれず、日が陰っている時間帯が多いせいか林内はすこぶる低調だった。3日目に再訪したときは前日の大雨で林内はベタベタ状態のため、ヒルが多くて閉口した。

 かつての13マイルは相当奥まで広い林道が続いていて、林道上を時おりダンプカーが行き来していた。一番奥には軍隊のキャンプがあり、近づかないようにしていた。それが今では入口にゲートが出来ていて、バードウォッチャーが大挙して押しかけて来ない限り落ち着いて採集できるものと期待した。

 ところが、かつては鬱蒼としたジャングルが延々奥まで続いている印象だった13マイルも、今回行ってみると入口付近からしばらくは浅い二次林だった。もっと奥まで行きたかったが、小1時間ほど歩くと下の写真のようなとんでもない道路を造成中で、この道路が左後方から来て、いま来た道と合流して吸収している。

ジャングルを切り裂いて造成中の道路。
ジャングルを切り裂いて造成中の道路。

 この道路が今後どうなっていくのか不明だが、ジャングルを切り裂いただけでも相当のダメージのうえ、これを舗装しようものなら壊滅的で不可逆的な影響が周囲に広がる。この付近まで来るとご覧のとおり二次林とはいえかなりいい感じのジャングルで、何の目的なのか分からないが残念でならない。

 

■ 私は誰でしょう?

地面に残された大型の野生動物の足跡(13マイルポイントにて)。
地面に残された大型の野生動物の足跡(13マイルポイントにて)。

 地面に、はっきりくっきり残された動物の足跡‥。

 この日、13マイルポイントに着く直前の国道上で、マレーバクのロードキル(轢死体)を目撃していた。車にはねられ道端に横たわるその姿は、動物園で見るよりなぜか圧倒的なボリューム感と重量感があった。その印象が強すぎたのだろう。直後に見つけたこの足跡を、大きさからバクのものに違いないと決めつけてしまった。

 帰国後調べてみると、バクの足跡とは似ても似つかないことが判明。ではいったい何者だ。シカやイノシシのようなヒヅメのある動物のものとは全く形が違う。バクと思い込んでいたため、大きさの比較になる物を一緒に写し込むという記録写真の基本を怠ってしまったが、人間の握り拳よりひとまわり以上大きく、直径で12-14cmくらいだったと思う。

 ゾウにしては小さすぎるし、子象が1頭で行動することはあり得ない。そもそもゾウの足跡は10マイルポイントで以前に見たことがあるが、こんな上品なものではない。大きさ的にはマレーグマを疑ったが、調べてみるとやはり全然形が違う。すると‥まさか!  以前当地を訪れたときに、雅恵が地元の人から夕方5時以降はトラが出るから来てはいけないと注意された話を思い出した。でも、まさか、いくらなんでもトラってことはないよねえ。

 

■ 10マイルポイント

10マイルポイント入口。
10マイルポイント入口。

 10マイルポイントは、13マイルの手前3kmほどの国道3号線沿いに入口がある。13マイルと違って道幅は狭く、その意味では採集にはより適している。ただし、ここも完全な二次林で、ジャングルと呼ぶには少し林が浅い印象はぬぐえない。

 しかもほんの200-300mも進むとすぐに林の向こうへ抜けてしまう。しかし、よく見るとこれは頭上を高圧線が通っているために帯状にジャングルを伐採してあるだけで、ここを横断するとまた向こう側に道が続いている。

 横断途中で、野生のゾウの古い糞が落ちているのを雅恵が見つけた。アジアゾウはアフリカゾウと違って森林性の動物のはずで、こんなだだっ広い場所を横断するのはよほどのことのような気がする。

高圧線によりジャングルが分断されている。
高圧線によりジャングルが分断されている。
ゾウの糞。
ゾウの糞。

イアピスコイナズマ(Tanaecia iapis)♀
イアピスコイナズマ(Tanaecia iapis)♀

 10マイルではバナナトラップを仕掛けたところ、コイナズマ(Tanaecia属)が多数集まった。もっとも、トラップを仕掛けなくても湿った地面に吸水に来るタテハがいて、今回の最大の収穫であるカンダイナズマ(Euthalia kanda)2♂4♀のうち2♂は、トラップには目もくれずに地面に来ていた。

 下の動画はイアピスコイナズマ(Tanaecia iapis)の求愛行動。もっとも、♀が拒んでいるのに♂がしつこくつきまとっているということは、正しくは「ストーカー行為」と呼ぶ。

激しいスコールでぬかるんだ道。
激しいスコールでぬかるんだ道。

 今回の10マイルでは、何の目的か不明だが道に重機の入った跡があった。このため、激しいスコールのあとはご覧のとおり。道がぬかるんで靴が重くて仕方ない。

 一般に熱帯地方の土壌はラテライトと呼ばれる有機質の乏しい酸性土壌である。これは猛烈に雨が多いために有機質が洗い流されてしまって、粘土質の痩せた土が残されたためだ。中でも10マイルは、ご覧のとおりかなり黄色味の強い黄土色の土で、これにタテハが来ていた。 

 ところで、私はこれまでジャングルの採集ではかたくなに長袖のスポーツシャツを着用してきたが、今回は全てTシャツで通した。それというのも年齢のせいなのか近ごろ多汗症がひどくなり、めっきり暑さに弱くなったので、赤道に近くて高温となる当地の対策としてやってみた。 

出た、不審者!
出た、不審者!

 ジャングルに入るときだけは長袖を着るつもりでディパックに入れていたが、結局そんな面倒なことは一切しなくて、ジャングルへもこのまま入った。結果は、とりあえず今回のところは「意外に快適だった」とだけ報告しておく。

 

■ 当地の気象について

 マレー半島では、熱帯モンスーン(季節風)が脊梁山脈にぶつかって雨を降らせることによって、半島の東海岸と西海岸とで雨季と乾季が逆になる。これは本州の太平洋側と日本海側の関係と同じである。コタティンギは半島の先端に近いものの気候的には東海岸に分類され、11月から2月が雨季に当たるという。

 という訳で、雨季を避けて3月・5月・8月に行っているにも関わらず、毎回イヤというほど雨に降られる。下表が今回滞在中の、各日の1時間ごとの天気概要である。

 初日、13マイルに着いたときにはしばらく雨など降っていないかの印象で、この分なら天気の心配はなかろうと正直油断していた。午後からスコールがきたが、やがて上がり日照が戻った。翌25日の10マイルも午前中はまずまずの天気で、蝶が多くて一心不乱に採集していたが、午後から猛烈なスコールに見舞われて撤収を余儀なくされた。3日目の13マイルは前日の豪雨の影響でジャングルはびしょ濡れで、ヒルが多くて林内に踏み入れない。午前中は曇り時々晴れの天気で日照がやや少なく、午後からはお決まりのようにスコールがやってきた。雨量そのものは大したことなかったが、総じて低調な一日だった。最悪は最終日の10マイルで、晴れていたのは着いた直後の30分だけで、10時頃から豪雨‥。

 ここで、実に不思議なデータがある。今回は4日とも雨に降られたが、13マイルは2日とも大した雨でなかったのに対し、10マイルは2日とも豪雨となった。これに過去のデータを合わせると驚くべき結果となる。途中で採集が打ち切りとなるほどの大雨に見舞われた確率は次のとおり。

<大雨の降る確率>

13マイルポイント:1日/6日= 17%

11マイルポイント:2日/4日= 50%

10マイルポイント:5日/5日=100%

 とにかく雨が多く、降る量も半端なく、これで本当に乾季なのかと信じられない気持ちだが、それにもまして驚くべきは13マイルと10マイルのこの違いである。1マイル=1.6kmなので、計算上両ポイントは5kmほどしか離れていない。というか実際には「○○マイルポイント」と呼んでいるだけで、Googleマップで調べると3kmしか離れていないことが分かる。その間にそそり立つ山や、隔てる川があるわけでもなく、連続した緩やかな丘陵で、まさに目と鼻の先だ。両ポイントの間に有為な気象の違いがあるとは到底思えない。一体全体わざわざ大雨の降る日を選んで10マイルに行っている、としか言いようがない。

 

■ 恐怖のレンタカー

 これだけ雨が多いとタクシーは不便だ。しかも悪いことに、比較的雨の少ない13マイルに雨宿りできる建物があって、「大雨の確率100%」の10マイルに雨宿りできる場所がない。それならレンタカーを借りれば問題は解決しそうだが、それを躊躇わせる恐ろしい事実がある。

10マイルポイント入口。まさにこの場所で‥。
10マイルポイント入口。まさにこの場所で‥。

 10マイルは道が細くて悪路なので、車は入口に停めざるを得ない。しかし、入口は国道3号線から丸見えなのだ。それがどうしたと思われるかもしれないが、もしこれでピンと来ないのであれば、あなたは危険予知能力に欠けるので決して一人でジャングルへ行ってはいけない。

 国道3号線は名前から想像できるように幹線国道なので、交通量が多い。それどころかアジアハイウェイ18号線(AH18)に指定されていて、マレー半島東海岸を縦貫してジョホールバルとタイのハジャイをつなぐ物流の大動脈なのだ。そんな交通量の多い幹線道路から丸見えの場所にレンタカーを停めっぱなしにすれば、目立ちすぎる。その場所に誰かよそ者が来て何かしていることを、はからずも自らアピールしてしまう。

 実際、この場所にレンタカーを停めて一人で採集していた日本人の蝶屋が、物陰で待ち伏せていた強盗に襲われて身ぐるみ剥がされ、そのうえ車まで奪われるという戦慄の事件が起きている。命だけ奪われなかったのは不幸中の幸いだが、たまたま運が悪かったでは済まされない。

 事件から優に10年以上が経過しているが、当時より今はマレーシアの治安は悪化していると考えたほうがよい。マレーシアといえば治安の良いことで知られており、今や日本人の老後のロングステイ先としてハワイやオーストラリアを押さえて10年以上連続で一番人気だ。確かにマレーシアの治安は普通に生活するには全く問題ないほど良好だが、日本と同じレベルでないことだけは肝に銘じておく必要がある。特にこのシリーズの1回目で紹介したイスカンダル計画が始まって以降、ジョホール州は治安の悪化が著しいと言われている。

 

■ ジャングルの声

 生臭い話になってしまったので、最後に口直しに「ジャングルの声」をお届けしよう。ジャングルはいろいろな生き物の声で溢れている。セミ、サル、小鳥、カエル‥。それはそれはににぎやかで、何の声だか想像のつかないものも結構多い。

 では、お聞きください。ちょっぴり、臨場感のおすそ分け。録音レベルが低いので、ボリュームを大きくしてご視聴ください。

■ 採集品リスト

 興味のある方は、次のファイルをダウンロードしてご覧ください。同定誤り等あろうかと思いますがご容赦ください。

ダウンロード
2017年8月コタティンギ.pdf
PDFファイル 206.5 KB

(2017年10月28日)